らしいね

2017年4月24日

一時のものではなくて、

迷いや失敗を繰り返しても、諦めず選択し続ける先に”らしさ”というものが自分にとっても他人にとっても生まれるんだと思います。

 
日々選び、身の内に入れてみる。
それが物だったり、知識や感性だったり、いろいろだけど、すべては経験として蓄積し、けっして大げさな話ではなく、それぞれの人生の一片になっていく。
 
そうして出来上がるそのひとらしさ。
自分の内側からだけではなく、外側から視ても滲み出るものがあるのか。
こういう仕事をしていると、そんなことをふと考えます。
 
 
さて、お店としても、”らしさ”といものがあって初めて誰かの記憶に残るものなんだなと日々感じています。
それがなければ、別にうちじゃなくていいわけですし、もっと近場や行きやすい場所や、いいお店なんてたくさんあるわけで。
 
それでもわざわざ来てもらえるのなら、ほんの少しでもなにかしら、らしさも持つことができているのかもしれないですね。
なんでそんなに自信なさげかというと、らしさっていうのは、狙って演出するものじゃなくて、続けてきたことが結果的に認識されることなのかなと。
まだ”らしさ”になっていないうちから、これが”自分らしさです”、と自認するのはなんかちょっと、結局はハリボテなだけな気がするので。
 
だれかが何かをみて、~らしいね、~ぽいね、の「~」に入ることができるかは、たぶん自分のあずかり知らないところでじゃないですかね?
結局は知ることはないかもしれないけど、結果的にそうなっていれればなと思います。
 
長くなりましたが、いろいろ好きなものが届いています。
 
 

 

 
susuri/ボンタンパンツ
 
 
 

 

 
MITTAN/竹パンツ
 
 

 
TOKIHO/DETOUR-Ⅱ
 
 
これらはしっかりと各々のブランドさんや作り手さんらしいものだと、ぼくは思います。
まずもってご本人たちがとても似合っていますし、あまり、他の固有名詞で例えられにくいものだと思うので。
ご本人たちはきっと、いえいえそんなことないですとご謙遜するでしょうけど、そんなことありますよ。
 
 
そんなものたちが、うちのお店を通して、ブランドの存在も超えて、僕らだったり、他のだれかだったりの、”らしさ”を形作る一片にちゃんとなれていけるのであれば、
それがAUTHORという物を売るお店としての”らしさ”の一片と言えるかもしれません。
、、、あ、自分で言っちゃった。
 
 
 
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